2015年1月26日 星期一

戰爭的禁錮

    不少版友注意「南海兩棲」這篇文章,文中情節有點「奇」,從太平盛世的眼光來看,的確有點「怪」,早期軍人休假極少,同袍彼此替對方解決性需求是默許的常態二戰時期日本軍隊早就把集體操槍射擊列為士兵的日常訓練。日本欲征服東亞及中國,以其區區島國,最後的困難是兵源不足因此,十五六歲的少年兵被推向戰場。這些少年兵思想未成熟,很容易被灌輸特定的軍事理念,並貫徹皇軍的終極意志。再者,他們性慾初開,雄性的衝動略加誘導,就能強化轉為戰鬥潛能,成為以一當十,以寡擊眾的無形戰力。


    如果你懂日文,不妨讀一讀最底下附註的文章 (輸入Google翻譯就能略知其意)。皇軍的做法是先將入伍後的少年兵軟禁在軍隊中,與外界徹底隔絕,並施以體能與思想的塑形教育,接著控制他們的生殖器與性慾,固定時間令其集體列隊「砲身磨光」,進行生殖器的「発射訓練」。勃起勇猛,射出量多且遠,象徵戰力。男人無法勃起上了戰場必然畏縮。為確保性器健康,皇軍還下令軍醫對士兵按月進行生殖器的例行檢查,包括勃起射精的能力與龜頭異常分泌物的性病檢查(日軍稱之為M檢)。然而,按月檢查實在過於頻繁,為求速效,士兵常集體脫光衣服,赤裸裸列隊接受M檢。一隊隊的少年兵還未經社會文化的洗禮,身體就被皇軍機械式地徹底改造。結果不僅他們的軀體屬於國家,思想與性慾也完全被軍隊掌控,成為贏得戰爭勝利的工具。這種不為人知的軍事教育,造就二戰末期的神風特攻隊。他們死得無怨無悔,英勇壯烈地為天皇犧牲。可憐少年兵有性慾卻不知如何享受,能射精卻無法傳宗接代。戰爭打的是男人的血性,男人的血性則來自勃起有力的陽具。
    「南海兩棲」內容是民國六十年以前的傳說,依照當時兩岸對峙隨時可能交戰,但又處於積極備戰卻沒有真實打仗的情況,軍隊裡集結大批陽剛衝動的男性,解決性慾就得靠同袍的互助,因而各種發洩的方式都可能發生,沒有女人的情趣成為部隊的私房傳統,長官睜一隻眼,閉一隻眼,讓久駐小島的士官有發洩情慾的方式。請看下面的新聞:
http://news.ltn.com.tw/news/politics/paper/9240 
為了滿足作戰的需求,當年軍人結婚規定嚴格,曾一度限制現役軍人及未滿三十八歲的職業軍人不得結婚。若與共軍有交戰時,直接參與作戰或擔任緊急防務的軍人不能結婚。基層士官長是部隊作戰的核心人物,沒有他們帶兵打仗,仗根本打不起來,因此士官長的性慾要求,長官也就隨便他們了,何況當時也不可能在小島上設置軍中樂園。早年軍中只有金門與馬祖有軍妓,駐守南海小島的兩棲士官無法靠異性解決性慾,蛙人訓練時就被灌輸 "無條件服從,無限度忍耐",因此任何學長的命令包括吃屎喝尿都要毫不猶豫嚥下去
幫學長解決性慾,在當時艱困封閉的環境下,應該是從苦悶中尋找樂趣,男人間那層隔膜被撕開後,沒有人會抗拒。版主在網誌中描寫男性的陽剛之美,尤其是陽具本來就是男人最美的東西。早期蛙人因戰爭所鍛鍊出的軀體與陽具,後人應該抱以藝術的眼光欣賞,他們曾經對國家的犧牲與付出是無價的。在戰爭的壓力下,所有的男人都有同樣的慾望。現在我們從和平時期看戰爭,戰爭的軍陣美學反而成為某些男人追求的藝術。
軍中樂園電影中的海龍蛙兵士官長


軍中樂園電影中的海龍蛙兵訓練


 発射訓練
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これは昔、高齢者から聞いた本人の体験談を、パソコンに打ち
込んだものです。
以下にある「私」とはその高齢の軍隊体験者の事です。
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 外出許可日でない雨の日曜日。陸軍の内務班では朝から退屈していた。兵長3名、一等兵6名、二等兵8名の内務班である。
上級兵は昼前から酒を飲んでいたが、もう、そろそろ暇を持て余していた。兵長の一人が言った。
「退屈だが、何かないか。どうだ、今日はひとつ初年兵に発射訓練でもさせるか?」
他の兵長も賛成し、「よし、ではさっそく始めるか。一等兵、いまから初年兵の発射訓練を行う。準備せよ!」と命令した。

 上官の命令はどんな事でも絶対服従が軍隊の鉄則である。極限状態の戦闘中に、経験の浅い兵隊が自分の判断で勝手な行動を起こすと部隊が全滅する危険性もある。兵隊の収得すべき基本素養の第一は命令への絶対服従である。ふだんからこれは徹底的に教え込まれる。たとえ軍務と関係ないことでも命令されれば従わなければならない。それが命の危険と隣り合わせの軍隊なのである。

 発射訓練と聞いて初年兵たちは羞恥にうろたえた。この内務班の初年兵はまだ発射訓練を受けた事がない。どうすればいいのか詳しくはわからない。しかしすっ裸にされて行われる訓練である事くらいは軍隊にいれば知っている。一等兵たちはハッとし、すぐに準備に取りかかった。一等兵達は今まで何度も発射訓練を受けおり、手順を心得ているのである。上等兵の指示がなくてもどうすればいいのかよく分かっている。

 まず初年兵8人を全員すっ裸にさせる。そして裸の初年兵を横一列に並べ、大きく股を開かせた。股の下に一等兵が順番に新聞紙を置いていく。
 発射訓練とは兵隊が股間に一本ずつ、ぶら下げている生身の小銃からセンズリにより精液を発射する訓練の事である。上官から命令や指示を受けてセンズリを遂行し、最後には見事に一斉に同時発射して、部下の兵がいかに上官の命令に従順に従うかという事をお見せするものである。しかし実はこれは同時に兵隊にとっては大事な隠れた訓練科目でもあったと言うのである。

「発射訓練、始め!」と開始命令が出た。
しかし、8名の初年兵はとまどっていた。陰茎は縮んだままである。発射訓練は陰茎を擦り、射精する訓練である。勃起させなければ訓練が進まない。何回も訓練を受けた事のある一等兵たちであれば、脱衣しながら自分で擦り、並んだときには既に勃起が始まっている。「発射訓練、準備せよ!」という命令は、すっ裸になるだけでなく勃起も同時に命じられているのである。
 上官達の前に一列に並んだ初年兵の性器は全員、が恥ずかしそうに萎えている。これが兵長殿には気にいらなかった。初年兵を立たせて、「発射訓練の気合いが入ってない!」と叫ぶや、端の初年兵から鉄拳を入れていった。ガツンと音がするとその初年兵のキンタマが恐怖で上に縮み上がった。

 「発射用意」の合図で初年兵は一斉にセンズリを掻きだす。恥ずかしさを抑えて、みな真剣に訓練に入り、手を前後させている。快感や興奮がなくても強制的な刺激があれば陰茎は次第に硬直してくる。
 長さ15cm太さ4cm以上は大砲と呼ばれ、勃起仰角六十度以上は高射砲と呼ばれる。陰茎が小さいと野砲、仰角三十度以下は水平砲と言われる。初年兵は20歳と21歳の者が居たが、上級兵たちを驚かす程に立派だったのは、長さ18cm太さ6cm、上反りで雁の大きな初年兵の持ち物だった。
 「もっと、上に向けろ」「もっと、精を出して掻かんと発射せんぞ」「発射が近いぞ」
こんな指示をうけながらも初年兵は硬い表情でセンズリ発射をするために、忙しくマラを擦り、発射する準備を続けている。それでも時間が経つと、羞恥の混じった奇妙な快感の中でだんだん発射が近づいてくる。

 最高の硬直状態になってきた時、「射ち方待て! まだ射つな。」と声がかかった。
 初年兵たちは今にも発射しそうな、のぼせ上がった状態で手の運動を止め、直立不動の姿勢に戻された。一列に並んでいる大小さまざまな8本の硬直した砲に上官が手を伸ばし、大きさや硬直状態を確認する。弾倉に弾が十分装着されているかキンタマを握って調べる。こうして発射準備ができているか、8丁の大砲の砲身検査をするのである。
 どうやら全員、砲身検査は合格のようである。

 「射ち方用意!」の合図で初年兵の手が再び動きだす。しかし、なかなか「射て」の合図がない。いつ「射て」と命令されてもいいように擦り加減を微妙に調節し、発射可能なぎりぎり状態を保つ。上官は初年兵全員がギリギリの発射直前状態となるまで最後の合図を出さない。
初年兵全員そろって顔が紅潮してきた。初年兵達は、上官の命令もなく勝手に発射してしまう事を防ぐために、時々、手の擦り運動を休止させている。いよいよ全員の発射準備も整ったようだ。全員、最後の「射て!」の命令を待っている。

 ようやく「よーし、射てッ!」と号令がでると、つぎつぎと一斉に発射した。気の毒なほど貧弱な野砲が最も遠くへ着弾し、新聞紙を大きく飛び越えた。しかし一人の初年兵の発射がだいぶ遅れてしまった。兵長はその初年兵のビンタを取り、「命令に遅れるな!」と叱責する。
「よし、一等兵、見本を見せてやれ!」と今度は一等兵に発射訓練の命令が下った。
 よく訓練されているだけに一等兵たちは裸で並ぶと、素早く前方高く照準をつけて6丁の大砲を構えた。
 左手を腰に付け、右手で硬直させた大砲の中央部を握り、前方、仰角60度に照準を向けて構え、一列に並ぶのが標準隊形である。その隊形で一等兵達は次の命令を待っている。
「射ち方用意!」「射て!」と矢継ぎ早の命令に一人も遅れることなく同時に発射し、一等兵の面目を保った。

 発射が終わると初年兵は直立不動で敬礼し、「発射訓練をつけていただき、ありがたくありました!」と大きな声で言い、今日の訓練を終えた。

 上官に絶対服従の軍隊では、上官からの命令されれば、センズリも合図にあわせて、擦ったり、発射したりさせられた。戦争では兵隊が個人の考えで勝手に行動する事は絶対避けなければならない。センズリ発射という個人の秘め事ですら、個人の考えを捨て上官の命令を待つという、兵隊の心得を教える大事な訓練として利用したのである。
発射訓練は褌も取られてすっ裸で行われるため、セミやウグイスと同じような褌を取られる罰ちょくのひとつに見えるが、単なる罰ちょくでなく軍隊式訓練のひとつなのである。
命令をうけたら、素早く褌も外して一斉に勃起させ、合図を待って一列に並んだ初年兵が同時に発射する集団行動のための訓練なのである。
「発射訓練、始め!」と号令されたら、すぐに勃起させて訓練の準備を完了していなければ、「訓練に身が入っていない」と叱責を受けるのである。

2015年1月25日 星期日

迷彩褲下

某位褌友的經驗,三年前寫於雅虎部落格。
不知不覺中我成了老鳥,一位同梯的,工作認真,待人親切,很正派的一個人。有一天在寢室裏換衣褲時,我好像看到甚麼。他脫下迷彩長褲,很快地換上短褲。一瞬間,頭一回,我目睹六尺的風采。他不曾也不愛現,只有更衣及洗澡時才露出白色六尺 大家習以為常,見怪不怪。 我曾蓄意跟著他一起洗澡,從那天起,我也愛上六尺,並嘗試體驗將六尺褌當內褲穿。我喜歡綁得緊的束縛感,此時褌下真有如活泉般,有著說不出的爽快。然而,我那褌袋不時地騷動隆起,猶如悶燒的熔岩湧出陣陣灼燙的岩漿。那種感覺很特別,難以形容,卻希望它持續存在。
 
這回軍中輪休,像是六尺假期,我沉溺在腰下的白布的陣陣驚蟄。昨晚睡覺前,我還覺得這只是一時的心血來潮罷了;早上睜開眼睛,我直覺按捺不住下體的興奮。飽滿英挺的褌袋激起男性本能的高潮;那種美妙的感覺,是難以言喻的波濤洶湧。我浸淫其中,久久無發掙脫,好希望每天早晨起床時,都能迎接這種奇妙的感覺。
 
我前往市場的布店,請裁縫師傅替我剪裁三條先前的兩條是請軍中朋友代為訂做。與那師傅比手畫腳,選好白布,定好尺寸,並拿出我的六尺布條給他做樣本。他若有所思的說,半年前也有客人請求剪裁白色長布條,不知做甚麼。我本來不想跟他多說,但他好像很希望知道,我說這是日本二次大戰前流行的丁字褲。他恍然大悟,並問我綁起來會不會難受?我與他聊了幾分鐘,他也似有一試的念頭。我傍晚取褌時,送他一張六尺褌的圖解。

很高興,又多了三條六尺褌,希望這不是三分鐘熱度。

下午準備穿褌回部隊,已有同梯褌友做先鋒,我更換褲子及洗澡時,應該不會引起什麼騷動。平常心,就當一般內褲穿,也沒露鳥妨礙風化,沒啥好怕的,更沒理由羞怯了。在回營的路上,我心裏惦念著綁在腰上,包裹我私處的褌。前袋時而隆起,時而縮回,我好喜歡這樣的感覺。經過五六個小時的舟車飛航,我把身邊的食物吃完,然後進入營區。

對於下體的褌,我一直有點不安,但洗澡時還是要脫下來,洗完還得綁一條新的回去。我瞬間換上短褲,拿起臉盆走出寢室,確信沒人注意到我身上的褌。一進浴室,我覺得跑不掉了,裏面七八個人,難不成我要躲進廁所裏把褌脫下來?於是索性脫下短褲,解開六尺褌,裸身走近蓮蓬頭。其實讓別人看了也沒甚麼,不過邊洗還是有人說著你也會穿這種丁字褌嘔!”

 我回說 是跟OO學的啦!

洗完澡,擦身後,我邊綁褌,感覺有幾雙眼睛盯著我。綁完回身瞧瞧,有位操台語的同梯很羨慕地說 哩阿內卵葩就水,ㄟ松快貝
我連忙說多謝

在部隊澡堂內,與同儕共享穿褌的樂趣。這澡,洗得很有味道。

當晚,也許是褌友們討論的同情結發酵。睡在二三十人的大通舖裏,褌內溶岩隨著週遭陽剛的酣聲起伏翻滾。我怎麼集中意志想睡,就是睡不著。最後,不得不溜進廁所,疏解袋內瀕臨崩裂的溶岩。清晨,週遭依舊酣聲一片,褌袋內蠢蠢欲動的溶岩喚醒我的瞌睡蟲。我把手伸進短褲觸摸,褌袋逐漸隆起,堅硬如石,那種感覺真棒。

2015年1月23日 星期五

優人神鼓的丁字褲

兩棲老弟掀起短褲展現ㄒ背。兩棲蛙訓時,
學員們青一色只穿一條短褲在烈日下翻滾,
因此背部與臀部顯現兩種截然不同的色調。

我很早就從電視影集與書報中拮取褌的印象,
當兵以前尋尋覓覓、費盡心思想學穿六尺褌,
於是在我當年的兩棲集訓中,性血來潮之時,
也曾把短褲拉高至腰部捲起來,
勒緊褲帶凸顯勃起有型的陽具,
從背面看去很有褌的ㄒ背味道。

照片的人物是兩棲老弟的ㄒ背,
顯示他的腦海中也有褌的印象。
在性慾牽動下忍不住掀起短褲,
享受陽具被束縛在前袋的快感。
看到這張照片,我似乎找到同伴。
沒穿六尺褌前,不只是我會這樣,
本能地渴望尋找一種短褲的性趣。
真想送他一條六尺,
讓他實際體驗一下,
綁上褌的性感滋味。

好好地綁上褌也是一種享受,
懂得穿褌的男人是有性福的。

我喜歡白色六尺褌,看過「鬼太鼓」的表演後再去欣賞「優人神鼓」,總覺「優人」久久無法讓人入味,兩者的鼓技與肢體演繹平分秋色,可惜「優人」少了「褌」的韻味。我相信綁上褌的「優人」,視覺效果會超越「鬼太鼓」。
「優人神鼓」不諱拮取丁字褲的神韻,大膽在舞台上突破禁忌裸露雙臀。

擊鼓的英姿若是配上六尺褌,力與美的效果將會截然不同。
版友的評論
版友呵呵! 提供一個資訊! 台灣還有非常多表演團隊演出的時候都會穿著丁字褲如雲門舞集有非常多作品都穿丁字褲包括九歌的雲中君 (如下圖,側面看很像穿了六尺褌)還有無垢舞團太古踏舞團等等達悟族也都穿丁字褲喔


版主我想每個人都有自己的看法謝謝您的寶貴意見日本以一個經濟文化的泱泱大國迄今仍保留丁字褲的文化這是鬼太鼓的優勢可以不假外求從自己的傳統中找尋藝術的素材可惜的是以漢人為主體的文明早就把丁字褲丟進歷史的長河中

版友丁字褲並不是日本人專屬的大部分原始文明都有丁字褲的優人神鼓穿丁字褲擊鼓是為了表現出人類原始的力量絕不是為了什麼想裸那只是你個人的幻想我相信鬼太鼓使用丁字褲,與日本文明有關他們一樣是想表現出最原始的力量因為鼓便是人類最原始的樂器相信我不管鬼太鼓、優人神鼓誰先誰後,他們一定都會用這種裝扮演出藝術本來就是自私的觀賞的人可以選擇接不接受如果大眾必須接受,那便是必需品像水、像食物所以飲料是藝術麥當勞是藝術戰爭是藝術人更是藝術因為那些事物有人喜歡有人不喜歡有人欣賞有人不欣賞所以就算優人神鼓成立前沒有鬼太鼓的丁字褲或許日本根本沒有丁字褲優人神鼓依然會使用丁字褲因為蘭嶼島上的達悟族穿丁字褲非洲的原住民穿丁字褲他們都一樣穿丁字褲慶祝表演奏樂擊鼓如果全世界完全沒有丁字褲這項遺產那我想優人大概會全裸演出吧!優人神鼓要擷取的是人最根本的型態而不是一昧的向鬼太鼓跟進只是兩種鼓團剛好都想這樣表現而兩種鼓團都是以擊鼓為主才會如此另外請不要再說優人神鼓穿的是什麼褌了那是日本人丁字褲的稱法那不是什麼褌是丁字褲最後一張圖片裡穿的則是衝岩請容我再次強調兩著毫無關連優人神鼓丁字褲的設計取材大多來自台灣及非洲的原住民而非日本

版主回覆我想每個人都有自己的看法謝謝您的寶貴意見
日本以一個經濟文化的泱泱大國迄今仍保留丁字褲的文化這是鬼太鼓的優勢可以不假外求 從自己的傳統中找尋藝術的素材可惜的是以漢人為主體的文明早就把丁字褲丟進歷史的長河中

版友基本上優人神鼓與鬼太鼓的走向是不同的鬼太鼓是極盡所得展現技巧、力及美這的確是一種可觀的藝術表演種類但是與優人神鼓要表達的完全不同曾經一位美國觀眾在欣賞完優人神鼓後說:兩個禮拜前鬼太鼓來過這裡表演我當然也有看看完後我的感覺是興奮的、高昂的那是非常激動的感觸當然他們的演出及技巧棒極了。但是欣賞完優人神鼓之後兩種感覺是完全不同的優人神鼓的技巧或許沒有他們出色但是依然是如此的震撼那種震撼不是所謂的激烈而是平靜、非常的平靜從來沒有想過一種表演能夠帶來如此的平靜尤其是用鼓這是鬼太鼓做不到的!這就是兩種鼓團最大的差別而國際上也是如此在國際上絕對沒有人敢說優人神鼓比鬼太鼓遜色各國也一致認同就境界來講優人神鼓的每一場表演的境界都非常高(絕對比鬼太鼓高或許優人神鼓在台灣不那麼有名(我有位朋友在台灣從未聽過優人神鼓去法國留學才知道優人神鼓在法國很有名)但是在國際上一定是一流的表演團更是最出色的鼓團之一為何如此? 團長劉若瑀從訓練至表演都做了極精密、嚴格的方式他們的訓練場地是在荒草叢生的山地刻苦的環境嚴格的訓練方式造就了不朽的演出至於衣服上那是葉錦添的設計而且只有聽海之心的服裝類似鬼太鼓(其實很不同)其他每一場表演的服裝、道具都與鬼太鼓完全不同就連鼓也是台灣知名製鼓廠响仁和製造的在此我與你保證他們倆完全無關所以如果您要評論這兩團請查先清楚當然您有您的權利去更加喜歡鬼太鼓但是兩者完全不同很難比較的就層次上優人神鼓的深遠也是鬼太鼓所不及(其實鬼太鼓也很帥)

版主回覆褌是日本最引人注目的傳統文化在台灣你大概不會看到一大群男人光著屁股走在街上進行一種亙古相傳的祭祀鬼太古出自日本可以很自然地把褌與鼓赤裸裸地結合起來表達男體的力與美但公然的在中國傳統文化已不被社會大眾認可然而人的確潛藏著裸的慾望必須透過某種藝術才能明正言順表達出來優人的服裝類似鬼太鼓儘管不同但絕非憑空創造這就是優人的遺憾你可以想見如果優人先於鬼太鼓登台展現丁字褲的男體藝術之美在台灣必定會引起兩極化的評價